![]() 田舎教師 (新潮文庫) |
むくわれない事実、知識人をめざして果たせず田舎教師になり、結核に犯されて死んでゆく若者。
実際にあった日記を見て田山花袋はこの書を書いた。こうした人々は沢山いたろうと吉本隆明はいう。 明治以降の日本の近代化における知識人の運命は、藤村「春」二葉亭「平凡」漱石「それから」とともに、重く現在まで響き渡っている。 |
![]() 蒲団・重右衛門の最後 (新潮文庫) |
福田恒存の解説が秀逸。これを読むだけでも価値のある本。
『蒲団』は、日本の自然主義文学を西洋のそれとは全く違った方向(私小説)へ導いちゃった 当時は衝撃的な作品だった。今読めば うら若い女弟子とやりたくってしょうがないけどできなかった、所帯持ちの中年作家の煩悶、です。はい。 今これを読んでわらうのは簡単。でも笑っただけで終わりにするのはもったいない。 蒲団は当時は真率な告白と受け止められたようですが、作者に限りなく近い主人公をこれだけ戯画化して描けるのは、書き手に余裕があるからで、主人公の煩悶はかなりうそ臭い。大向こうの受けを狙って書いたのかな、と思うほど。花袋はこの作品を発表しても、あまり恥ずかしくはなかったんじゃないかしらん。 むしろこれを捨て身の告白と受け止め、追随した作品が多く著された事の方が、びっくり。 当時の文学青年って、そうとう初心だったのかしら。それとも観念だけで苦悩しているような嘘臭さが、 真似しやすかったのかな。(真似た方は真剣だったみたいだけど) ふと思ったのですが、うら若い明治日本は、倫理的にはダブルスタンダードだったのでは。 武家社会の倫理観をそのまま引き継いだ上流階級や都市に住む知識人とは対照的に、 農村では若衆宿があり、夜這いがあり、女の処女性にはさほど重きが措かれていなかった。 花袋は館林出身。国民の大多数だった農民の生活は身近で見て知っているはず。 深刻なポーズの裏にある、ある種おおらかな描写というのは、そうしたことが背景にあるのかな。 もちろんこれは福田先生の論にはありませんけどね。 先生は花袋を芸術家としては認めていないけれど、 「強烈な問題意識の無い、外に向って開かれた明治の文学青年のナイーブな感受性」を、 歴史の流れの中でそれなりに評価しております。 私も、団塊世代の狭量そうなオジサン(もうジイサンか)達より、明治のオジサン花袋の方が、 ずっと親しみを感じちゃいます。 |
![]() 蒲団・一兵卒 (岩波文庫) |
田山花袋はいわずと知れた自然主義文学の第一人者。自然主義とは何かというと、「現実を理想化せず,社会・人間・自然をみにくいものもふくめて,ありのままにえがく」もの。自然という言葉から、「花鳥風月」という概念を想像すると、この小説のあまりの生々しさに失望するかもしれません。ようするに、人間の心の中を赤裸々に赤裸々に書き綴ったものです。しかしそれが文学者特有の美しい文章で綴られると人生の苦しみ・悟りのようなものが心に迫ってくるような迫力があります。
この小説には、主人公の中年男時雄が若い彼女に恋心を告白するとか、彼女が本当に好きだったのは時雄だったとか、そんなドラマチックな展開はまったく排除されている。しかし読み終わった後に、これはたしかに「恋愛」小説だったのだと思える。見ているだけで幸せな恋、そして新たに登場する彼女の恋人への敵対心。若い人なら誰でも経験する苦い恋。それが大人になると、「義務感」とか「倫理観」とかやたら言い訳ばかりになるけど、今は思える、これが現実なのだと。まあ一言で言えば、「悲しい大人の片思い」というところでしょうか。 |
「名作ってこんなに面白い」サンプル 羅生門
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