エクソフォニー-母語の外へ出る旅-
多くの読者は、この本を読んで多和田葉子の豊かな言語感覚に嫉妬せざるをえないだろう。彼女は常人では届かぬ言語宇宙のかなたに行ってしまっている。そして、読者に言語の持つ新たな可能性を手際よくみせてくれる。ほとんどの言語学者は言語を死物のように扱いただ分析するだけなのだが、彼らの書く愚にもつかぬ本をいくら集めてもこの『エクソフォニ-』には及ばない。
多和田葉子という希有な水先案内人とともに言語宇宙を旅しようではないか。
尼僧とキューピッドの弓 (100周年書き下ろし)
以前から、多和田作品を読んできた。この作品は、いままでの作品と一線を画していると感じる。まず、これまでのうねるような文体が軽やになって開けた印象になっている。読者へのいどみの姿勢が消え、作家としての余裕と熟成がはじまっているのではないか。まだ、ながくこだわっていたと思われる、文字や言葉の遊びが、尼僧の名付けや、細やかな修辞に昇華されてしまって、作品のなかに溶けこんでいるのが、心地いい。女性の作家として、潜在的にフェにミズムを問題にしている作家だと感じていたが、この方の場合は、それが、権力に対する対立や,反発には終わらず、また、父性に対抗する母性をひきあいに出してまとめることもなく、個として、性差に戸惑いながらも、真の自由な生き方を模索しているように思う。それが、尼僧というモチーフにいきついて、その中にもやはり根強くある性の問題とは、また、解放とは。同じ女性として、生き方を考えさせられる本である。今後、その答えは作品のなかで、提示されていくのか。前半の、尼僧たちに対する愛情にあふれていて、読んでいて心地いいが、後半部分の、女性の弱さはどこか、物悲しさもある。その後半をなぜ、書かねばならなかったのか、作家の意図が気になる。多和田葉子のこれからの成熟期にいやがおうでも期待がかかる。
涙ノ音
多和田えみのフルアルバム「SINGS」と同時に発売された2枚目の、そしてアルバムのリード曲であるこのシングル、「涙ノ音」。最近はヒット曲を生み出しているシンガーソングライターの葛谷葉子による提供曲で、当初は6月に発売された「時の空」を先駆け、春にリリースする予定だったけど、多和田自身が冬になってからリリースしようと考えて、つい先日アルバムと共に発売された。(iTunesでのデジタル配信やオフィシャルウェブでの期間限定フルストリーミングで聞いた方もいらっしゃると思うけど。)
タイトル曲は本当に美しい名曲で、優しくも愛の暖かさや痛さを歌うこのバラードは、多和田がエモーショナルに歌い上げ、今年の冬のバラードの中での一番最高傑作にしました。本当にくる季節にぴったりで、大切な人と毛布の中に潜り込みながら聞いてみてください。カップリングのアルバム未収録の「Breath」は彼女らしいポップスナンバーで、グルーヴィーでアップテンポで実にダンサーブールなジャムです。
でも本当は「The Christmas Song」のカバーが目当てで購入したが、やはり多和田えみにはジャズが似合うね。軽めで温かなジャズをバックにしっとりと歌い上げたこのスタンダードは、今年クリスマスのころになるとヘビロテになるに間違いない。
犬婿入り (講談社文庫)
『犬婿入り』です。芥川賞受賞の表題作と『ペルソナ』を収録する作品集です。
作者の文章は、基本的に「、」で次々と繋いでいて、「。」で終わるまでが長いです。読んでいると、息継ぎのタイミングが掴みにくく、ちょっと疲れちゃうかも。
長い文章なので、どっちかというと緩い雰囲気が漂うような気もするのですが、内容はといいますと……
犬婿入りはファンタジーですよね。キタナラ塾の汚い描写が徹底していてそこに凄味があったように思うのですが、民話というものは現実から即して生まれたものであり、であるからには民話のようなシチュエーションが現代都市生活の中でも起こるのかも、ということを考えると、最後の消えてしまう結末に至るまで、難解ながらも「太郎の正体は?」などといった謎を孕みながら興味深く読めるのではないでしょうか。
ペルソナは、ドイツに留学している女性が周りの人との付き合いの中で、言葉の違いやら何やらもあって自由な自己表現を模索するという話。ニセモノのお面を被った時に初めて、本当の自分を出せるという結末にいたるまでの紆余曲折の物語です。